ニューヨークと東京、2つの先行指標都市でトレンド発掘を続けるツタガワ・アンド・アソシエーツがお届けする、小売りに携わるマーケッターのための考察録
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5.14.2012
遊び心が新しいタイプの書店を成立させる

取り囲む環境が急速に変化していく中、アメリカでは、かつて書籍については「ないものはない」カテゴリーキラーであった大手書店チェーンが進化の方向の模索に苦慮するなど、書店という商売に未来を描くのは難しい時代になっている。ただ、書籍によっては、ベストセラー系重視の品揃えに傾倒する大手書店になく、アマゾンでは見つけにくく、電子書籍には納まりにくいものがある。これも隙間市場と言えるのだが、これに反応する興味深い店舗開発がマンハッタンに見られる。ニューヨークのファッションデザイナー、マーク・ジェイコブス(Marc Jacobs)による書店、「ブックマーク(BOOKMARC)」(400 Bleecker St)である。

「ブックマーク」。

マーク・ジェイコブスと言えば、遊び心とモダン感覚の融合する洗練をデザイン性に、高い美意識を持つ都市生活者を刺激するデザイナーで、彼が取り組む書店というだけで何かワクワクさせるものがある。そして、遊び心が顔をのぞかせる、しかも一度耳にしたら記憶してしまう、強い印象を与える店名がその気持ちをいっそう高めてくれるのである。ちなみに、この店のあるウエストヴィレッジの一帯は俗に『マーク・ジェイコブス村』と呼ばれているところで、ここにマーク・バイ・マーク・ジェイコブスのメンズ版、ウイメンズ版をはじめ、マーク・ジェイコブスの5つのファッション業態が集結している。

いや、そもそも書店を開くこと自体が遊び心の表現と言えるかもしれない。実際そのことは書籍のセレクションに感じ取ることができる。写真集や画集、ファッション、モダンアート、デザイン、ミュージックに関わる書籍は勿論、エロチックなものを含む詩集、なかにはレア本、絶版本なども・・・・並んでいる書籍のタイトルを眺めているとマーク・ジェイコブスの世界に足を踏み入れているようで、大いに感性を刺激される。ここはあるいは『マーク・ジェイコブスの書斎』と受け止めることもできるのではないかと思うのだが、こぢんまりとした店内はまさに書斎にふさわしいスケールなのである。

「ブックマーク」には書籍に加えて様々な雑貨が集積されている。マーク・ジェイコブスや「ブックマーク」のロゴが入ったトートバッグ(28ドル)、バックパック、メモ帳、色鉛筆セットやマーカーのセット、キーホルダー(8ドル)。特にトートバッグはこの店の重要な売り物になると思われる。加えて棚をよく見て歩くと、ポストカードのほか、コンドームまでが並んでいる。このように書籍と雑貨の混在がこの店をいっそう楽しいものにしている。つまり、遊び心が雑多なモノを貫く店作りの軸としてしっかりと通っているのであり、見方を変えると、書籍を遊び心のある雑貨と感じていると言える。なお、雑貨の性格を持つ書籍はギフトにもなるのであり、これは書籍MD(マーチャンダイジング)を考える際に念頭に置いておくべき重要なポイントである。

それにつけても「ブックマーク」は楽しい店である。その楽しさは面白い商品と向き合うことによって生まれてくるものである。このように、商品で過ごす楽しさを提供することは店が本来持つべき価値なのであり、それこそがネットでの購入や電子書籍が浸透していくなかでの実店舗のあり方につながるのである。考えてみると、買い物における実店舗離れということでの先駆分野が書籍であるが、その書籍の分野で出てきたこの新しい動きは他の分野にとっても示唆に富んだ貴重なケーススタディーになるのである。





 

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