ニューヨークと東京、2つの先行指標都市でトレンド発掘を続けるツタガワ・アンド・アソシエーツがお届けする、小売りに携わるマーケッターのための考察録
■ツタガワ・トレンド・リサーチについて

3.1.2006
シック・ミーツ・チープ

蔦川敬亮です。昨年の11月のこと。ニューヨークの五番街にある「H&M」の前に早朝から行列ができました。スウェーデンに本拠を置くこの店はトレンディファッションを低価格で展開することでニューヨークでも特性を発揮しているSPAです。6年前の開業時を思い出させるような行列がなぜできたのか。答えは新しくステラ・マッカートニーによるラインを発売したからです。

ステラ・マッカートニーは元ビートルズのポール・マッカートニーの娘として有名であると同時に、若くしてクロエのチーフデザイナーに抜擢されるなど、有能なファッションデザイナーとしても評価の高い人物です。そんな高級ファッションを創造する才と低価格を魅力にする店との結びつきには予想を超えたインパクトがあり、それが行列になってあらわれたのです。「ステラ・マッカートニー・フォー・H&M」と名付けられたこのライン、例えば裾にジッパーをあしらったスリムなジーンズで69ドル90セントと、H&Mとしてはきわめて高額なものですが、ステラ・マッカートニーによる主要なアイテムがどれも100ドル以内で買えるとなると、これはもう大変な喜びになります。

同じような事例で思い出すのが2年半前に打ち出された「アイザック・ミズラヒ・フォー・ターゲット」です。ミズラヒは高級ファッションで知られたニューヨークデザイナー、ターゲットはファッション性の高さと低価格を握手させることで幅広く顧客を獲得しているディスカウンター。要はターゲットの展開する新たな婦人服ラインとして企画されたのですが、宣伝をかねてこのラインだけを訴求するためにロックフェラーセンターに開設された期間限定店のラッシュアワー的な客の入りは今も目に焼き付いています。

高低の対極にあるものが想像を超えて結びつくことが凄まじい購買を生み出す。1月のことですが、それに該当する事例を東京でも見かけました。場所はJR品川駅の構内、小さな臨時店の前に長い行列ができています。近づいてみると「ここでしか出会えない、ル・パティシエ・タカギの限定スウィーツ 東京限定キットカット『エキゾティック・トーキョー』」と書かれたボードが掲げられています。そう、ル・パティシエ・タカギとは、人気パティシエ、高木康政さんによるスウィーツショップのことで、キットカットとはコンビニなどでお馴染みの菓子のことです。つまり、この臨時店は高木さんがプロデュースした数量限定のキットカット「エキゾティック・トーキョー」を販売するものなのです。

この商品が買えるのは品川駅をはじめ東京、上野、大宮など都内・近郊の駅構内に臨時に設けられた店舗だけということもあって、退社後の時間帯などには30分前後は並ばないと買えないという人気ぶりです。味覚の方は、ストロベリー、ラズベリー、チェリー、ブラックカラントなどのパウダーを混ぜ込んだクリームを挟んだウエハースをチョコレートで包んだもので、チョコレートの甘さのなかにベリー系果物の酸味がちょうどいいバランスで広がり、パティシエの才を感じ取ることができます。価格は10包入りで1,050円と、パティシエの才とコンビニ菓子の結びつきということでは納得のいく着地になっています。

高木さんとキットカットのコラボレーションによる独自商品の期間限定展開は一昨年から見られ、昨秋にも2種類の商品が登場し、コンビニなどで販売されています。そんななか、1月の企画は受験期を迎えた時だけにインパクトが大きくなったと言えます。キットカットは「きっと勝つ」という語呂合わせが受け、数年前から受験生に人気のお菓子になってきています。入試ラッシュとなる時期には、合格電報の「サクラサク」にひっかけた、桜風味で桜色のパッケージの特別企画が登場するほどです。そんななかでの、人気パティシエによるキットカットの登場は、受験需要の刺激にとどまらず、受験とはまるで無関係の人をも引き寄せる面白さがあります。つまり、時期的に話題の商品を楽しみ、遊ぶ。そのための口実を与えてくれるものであり、友人や家族への「こんなモノ見つけた!」といった手土産として話のネタにもなります。

さて、ここに挙げた事例に共通しているテーマをキーワードで表現すれば「シック・ミーツ・チープ(chic-meets-cheap)」ということになります。相容れないように思える両極が握手し融合することによる化学反応のなかから新たな価値が生まれる。そのことに着目することの重要性を教えられるのです。





 

株式会社ツタガワ・アンド・アソシエーツ

会社プロフィール 業務案内 蔦川敬亮プロフィールプライバシーポリシーお問い合わせ