ニューヨークと東京、2つの先行指標都市でトレンド発掘を続けるツタガワ・アンド・アソシエーツがお届けする、小売りに携わるマーケッターのための考察録
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5.8.2006
シネコンに期待したい新たな可能性〜映画を観るだけの場所から〜

蔦川敬亮です。最近、特に郊外に新たに開業するSCではシネマコンプレックスが必需の施設として導入されるようになっています。振り返ってみれば、十年ほど前のあの「シャル・ウイ・ダンス」以来、邦画作品に熟年男女の興味をそそるものが増え、映画を楽しむことを習慣化している層の幅はぐっと広がっているように思います。それだけにシネコンの存在はSCにとって足元商圏生活者との絆作り、さらには利用価値を高めるうえで、これまで以上に意義あるものになってきていると言えます。

郊外立地のSCの場合、絆作りにおいて重要になるのが、商圏生活者に「過ごしに行きたくなる場所」という意識を持ってもらうことです。つまり、住んでいる近くにあるSCは、過ごす結果が買い物につながる、そんなところであって欲しいのです。では、そのためにどんな要素が必要なのか。多彩な飲食、充実した内容の書店等々いろいろなものが考えられますが、シネコンもそのひとつになります。ただし、シネコンもあればいいというものではなく、過ごすという価値を高めるものでなければなりません。だからこそ、大きめの座席でゆったりと座れ、前席の人に視界を邪魔されることなくリラックスした姿勢で観られる環境の良さがシネコンの優劣を決める基本ポイントになります。

こうした点も意識してのことだと思いますが、今、シネコンの世界では心地よく観ることへの満足度を上げる施策が様々見られ、それらには考察に値する興味深いものがあります。それはさておき、シネコンに出かけるたびに思うのが、ここを「映画を観るだけの場所」にしておくのは知恵が足りないということです。

その視点で興味を引く事例が、今年の初めに渋谷に開業した「Q-AXビル」というシネコン(SC内ではなく単独形態のもの)の1階に設けられた「シアター・シックス・カフェ」です。このシネコンは5つのスクリーンで構成され、そのことからこの店名には「6番目のシアター」という意味が込められているのですが、その意味通り、ここは映画をテーマにしたカフェなのです。そのテーマ性は、エントランスの分厚い防音扉、緞帳をアレンジしたステージ的設えやレッドカーペット(アカデミー賞授賞式会場をイメージ)を敷いた環境デザインと同時に、映画作品をインスピレーションにしたメニューの企画にも表現されています。

メニューのなかでも好奇心をそそるのが上映作品と連動したもので、例えば「機動戦士Zガンダム・ 星の鼓動は愛」にちなんだ「シャア・アズナブル専用メニュー」といったぐあいに。このなかには『坊やには飲めないカクテル 赤い彗星』(テキーラ、カシス、クランベリー。800円)、『百式チーズケーキ』(百式ボディーをイメージ。マンゴソースをかけたチーズケーキで上にチョコで「百」と書かれている。550円)といったものがあります。特に『赤い彗星』は人気のドリンクになっています。他愛無いと思われるかもしれませんが、シネコンにこんな遊び心のあるカフェがあるのも楽しいものです。映画を観た後の高揚した気持ちに語りかけ、体験意欲を刺激するものがあります。シネコンに密着したこうした持ち味のカフェの存在は映画を観て過ごす楽しさをより高めてくれます。



左/ 『坊やには飲めないカクテル 赤い彗星』。

右/ 『百式チーズケーキ』。

過ごす価値を高めるシネコンの取り組みとしては、「109シネマズ」がそのロビーに直営の売店と並んでハーゲンダッツのアイスクリームショップを導入しているのも注目されます。なかでも今春開業した南町田グランベリーモールの新棟、オアシススクエア内に展開する「109シネマズ」の場合は、ロビーを見下ろす吹き抜けになった中2階の窓際の一帯に、ソファとテーブルを配した居心地のいいくつろぎのスペースを設けており、来館者はここでアイスクリームなどを食べながら映画を観る前のひとときをゆったりと過ごすことができます。こうしたラウンジ的スペースと質の高い飲食との結びつきにもシネコンの新たな魅力開発の方向性を感じ取れます。

ところで、「109シネマズ」におけるハーゲンダッツの導入は、シネコンの新たな商売上の可能性を考えるということで二つの視点を提示しているように思います。ひとつは、シネコン来館者に鑑賞料以外により多くの消費をしてもらい、客単価を上げるという視点。もうひとつは、シネコンの館の中に商業界隈を創造できる可能性があるという視点。考えてみれば、シネコンには月間10万人近い来館者がいます。つまり、やりようによってはこの館の中にはいくつもの店が成立します。入場料(鑑賞料)を払った入場者が対象ということではテーマパーク内の商業と重ね合わせてみることもできます。いずれにせよ、商業界隈を内蔵することでシネコンの存在価値はさらに高まると思います。シネコンを「映画を観るだけの場所」にしておくのは実にもったいない話です。





 

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