ニューヨークと東京、2つの先行指標都市でトレンド発掘を続けるツタガワ・アンド・アソシエーツがお届けする、小売りに携わるマーケッターのための考察録
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2.10.2007
高級高額化なベビーカーへの関心の高まりに考えること

蔦川敬亮です。アメリカのSC(ショッピングセンター)を観察するなかで21世紀に入ったあたりから実感するのがベビーカー(アメリカではベビーストローラーあるいはベビーバギーと呼ぶ)を押しての来館者が増えてきたことです。同じ現象は日本でも見られ、特にここ数年、都市郊外に大型のSCが開発されるのと並行してはっきりと認識できるものになってきています。考えてみれば、もっと以前からあってもおかしくない現象がなぜ近年になって出てきたのか。その背後要因は一冊の本になるほど様々あるのですが、それはさておき、要因のひとつとして挙げられるのが、新しく誕生してきているSCが「心地よく過ごさせる」という点での環境価値を内蔵していることです。日本でも都市郊外に新たに開発されるSCはほとんどが比較的低層で構成され、ゆったりとした空間が魅力になっています。つまり、SCが『新しいタイプの公園』の性格を持っていること。だからベビーカーを押しての来館者がやって来るのです。

アメリカの特に東海岸や西海岸で、ベビーカーでの来館者が増えることと歩調を合わせて比較的裕福な生活者の間で関心を集め始めたのが高級高額なベビーカーです。その発端となったのが、2001年、英国のマクラーレン社が発表したチタン製の超軽量化されたボディにレザーシートを取り付けたものです。価格が2千ドルという、まさに桁違いのものではありますが、これが瞬時に注目を集める商品になったのです。そして高級高額化の流れを決定的なものにしたのが、2003年に大ヒット商品になった「ブガブー・フロッグ(Bugaboo Frog)」です。これは人間工学の視点からも改善を加えながら完成させたベビーカーで、商品上の大きなポイントは大小2輪ずつで構成される車輪にあります。そのうち、自在に旋回する小輪には『蛙の足のような』サスペンションが仕組まれ(だから商品名にフロッグという言葉が使われている)、小気味よく曲がり、凹凸のある町中の路面を心地よく、容易に押していくことができます。また、大輪についてはラフロードに対応するものになっています。重さはそれでも16ポンドと女性でも十分に扱える範囲にあり、実売価格は 700ドルといったところです。

この「ブガブー」、実は1997年に発表されたものなのですが、これが2003年になって突然ヒットしたことには見逃せない理由があります。それは、マンハッタンの様々な人間模様を描く、当時人気になっていたテレビドラマ・シリーズ「セックス・アンド・ザ・シティ」にこれが登場したからです。ちなみにこのドラマはファッションも含んで風俗の発信源になったことでも知られ、その多くは日本にも影響を与えています。

東京でも、洗練された街や、都心・近郊を問わず高感度な乳幼児ファッション専門店が出店しているSCでベビーカーを押す姿を観察していると、高級高額なものが急激に浸透してきていることを実感できます。マクラーレン、ノルウェーのストッケによるエクスプローリー、オランダの三輪ベビーカーのクイニー・・・・特に天気のいい日に広尾や青山のオープンカフェなどを通りかかると、店の入口付近やテラス席沿いに、客が押してきたこの種のベビーカーがまるで展示会のようにずらりと並んだ光景に出くわすことも珍しくありません。マクラーレンが折り畳み式で軽量のベビーカーを発表し、乳幼児を持つ親の行動に革新的な広がりをもたらしたのが1965年のことですが、今、日米でのベビーカーの高級高額化の動きを見ていると、そこには「見せる、見られる」快感という新たな価値が求められているような気がします。赤ん坊を楽に便利に運ぶという道具としての性格を超えて、今日的ステイタスシンボルになってきているのです。どんな車に乗っているのかと同様に、どんなベビーカーを押しているのかを気にすべき時代が到来しているのです。

モダンなデザインを品揃えの特色にする、イタリア発のホームファーニシングブティック「ヴァイスヴァーサ」(渋谷・ココチ内)でもクイニーなどのベビーカーを取り上げている。

一方、高級高額なベビーカーには、機能美を昇華した審美性の高さ、人力で操縦する『車』としての美しさがあります。たかがベビーカーというこれまでの受け止め方を超えた、こだわるべきモノとしての説得力があります。その点に着目してのことでしょう、グッドデザインを品揃えの特性にする家庭用品・家庭雑貨の店でも高級高額なベビーカーを取り上げる動きが出てきています。こうしてベビーカーはこだわるに値するモノとしてのメッセージを持ち、それはまた、多くの男性に語りかける力になります。このように男性の所有欲や使用欲を刺激する力を持つことが高級高額なベビーカーへの関心の高さにつながっていることは確かであり、それはあるモノをどう再開発していくかの示唆に富んだ視点でもあるのです。

高級高額なベビーカーが欲しい商品になりつつあること。そこには今日の消費観を考えるうえで手がかりになる要素がいくつも潜んでいます。





 

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