ニューヨークと東京、2つの先行指標都市でトレンド発掘を続けるツタガワ・アンド・アソシエーツがお届けする、小売りに携わるマーケッターのための考察録
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7.10.2007
刺激的な都市遊びの対象としての美術館

蔦川敬亮です。今、マンハッタンの超人気スポットになっているのがニューヨーク近代美術館です。2004年秋に建て替えられてオープンしたこの美術館は、展示作品もさることながら、日本人建築家の谷口吉生氏の設計によるその建物と内部環境自体も鑑賞に値する作品として評価され、これを体験することも動機になって、今もなお入館の行列が続いているのです。加えて、この新しくなった近代美術館で話題になっているのが館内のカフェ、レストランです。ここには、カフェテリア(2階)、フルサービスカフェ(5階)、ニューヨークタイムズ紙が三ツ星を付けたレストラン(ストリートレベル)と、それぞれ性格の異なる3つの飲食施設があります。

なかでも、長時間待つことを覚悟しないといけないほどの人気になっているのが5階のカフェ、「テラス5(Terrace 5)」です。その魅力は、絵画と彫刻のギャラリーに面して展示作品を楽しめることと、1階の彫刻の庭を見下ろせる眺めにあるのですが、同時に見逃せないのが、提供されるメニューの味覚レベルの高さです。いや、それだけではありません。このカフェの椅子、テーブル、テーブルウエアは、アルネ・ヤコブセン、ジョージ・ジェンセン、フリッツ・ハンセンといったデンマークのモダンデザインの巨匠や有名ブランドによるものなのです。味覚以外にファーニシングもまた作品として楽しめるのです。勿論、「テラス5」は入館料を払わねば利用できません。にもかかわらず、入館料を払ってでも食べに行きたいという気持ちになってしまうのです。

近代美術館の魅力は、目で鑑賞する作品、舌で鑑賞する作品、その両方を楽しめるところにあると思うのですが、同様の魅力を持つ事例が東京にも登場しています。国立新美術館がそうです。黒川紀章氏の設計で知られるこの美術館では実に様々な展覧会が開催されており、目が離せないのですが、ここに出かける楽しみになっているのが館内にある4つのカフェ、レストランです。なかでもそそられるのが、建物の最上階の3階にある「ブラッスリー・ポール・ボキューズ・ミュゼ」です。波打つ曲線状の巨大なガラスのファサード越しに外の風景を眺めながら、あるいは館内の壮大な吹き抜けを見下ろす風景を眺めながら、フランス料理界を代表する世界的なシェフであるポール・ボキューズの技を受け継ぐ料理を、それにしてはこなれた価格(ランチコースで1,800円と2,500円の2種類)で楽しむ。決して大袈裟ではなく、これは至福の時間です。

同様の魅力を持つ事例として、白金にある東京都庭園美術館も見逃せません。1933年に建てられた旧・朝香宮邸をほぼそのままの形で使用したこの美術館は、ルネ・ラリックのデザインによる正面玄関のガラス扉に象徴されるように、1920年代・30年代のアールデコ洋式を今に伝える、建物そのものが希少な美術作品と言うべきものです。加えて、折々の自然の表情を堪能させる広大な庭園の美しさ。そんな環境の中に、東京・新橋の老舗料亭、金田中による和カフェ、「カフェ茶洒(サーシャ)カネタナカ」があります。甘味も提供するカジュアルなカフェですが、料理はいずれも実に繊細な美を感じさせで、折々の情感にあふれています。まさにこの美術館のコンセプトにふさわしいカフェで、東京の中にこんな宝石のようなスポットがあることに感動します。

こうしてみると、その美術館の性格や持ち味と共通するカフェやレストランの存在が美術館そのものの価値を高めていると言えます。それらはただ単に滞留装置、休息装置として意味があるというのではありません。それ自体がその美術館の「作品」としての意味を持ち、鑑賞するということでの連続性を持っているのです。そして生活者からすると、目で鑑賞する作品と舌で鑑賞する作品の両方を楽しめることが「教養を刺激する新たな都市遊び」と自覚できるのです。こうして目と舌を楽しませる美術館は出かけてみたい、時間消費する価値のあるスポットになります。

そういう視点を持つと、新たに開業した商業施設のなかで興味を惹くのが東京ミッドタウンです。ここにはサントリー美術館があり、デザインサイトがあり、アート価値をテナントミックスのテーマとして感じさせる、見て回るだけでも楽しめるフロア(3階)があり、飲食にも多彩な選択肢があります。しかも、すぐ近くにある国立新美術館も含めてみると、乃木坂へと広がるこの界隈には都市の新たな魅力が漂っています。つまり、教養刺激型都市遊びをするに最適の場所に思えるのです。

桜、菖蒲、紫陽花、紅葉・・・・折々の自然美を楽しめるスポットが、最も刺激的で、最も出かける価値の高い先になっている時代です。考えてみれば、生活者はそれらを「自然の中の美術館の作品」と受け止めているのです。大局的に見ると、生活者が味覚の探検とならんで美的探検にも旺盛な興味を持つ情況が続いています。それは時間の使い方や消費を考えるうえでの重要な鍵でもあります。そこで、買い物をする場でしかない、百貨店をはじめとする商業施設に出かける頻度はますます減っていくように思われます。これ、小売業を考えるうえで、最近、とても気になっていることであります。





 

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