ニューヨークと東京、2つの先行指標都市でトレンド発掘を続けるツタガワ・アンド・アソシエーツがお届けする、小売りに携わるマーケッターのための考察録
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7.17.2008
「安くなる」ことは無条件で歓迎したいトク〜セールの機会に考える〜

6月の下旬、よく行く百貨店の、ある紳士服ブランドの売場で気に入ったシャツを見つけました。もうすぐセールになるということが頭をよぎったのですが、セール開始早々に来店できるとは限らないし、その時にはこの色でこのサイズがある保障はないと言い聞かせ、買うことにしました。値段は13,650円です。それから約2週間後、セールが始まった最初の週末にこの売場をのぞいてみると、買ったものと色、サイズ共に同じシャツが50%オフで売られていました。買ってからこの日まで1回着ただけですから、その1回のオシャレが6,500円だったということになります。まさに下手の買い物の典型でありますが、それなりに考えた末の買い物だったわけで、運が悪かったと思うほかありません。

日々の買い物体験は学習となって生活者の消費をより利口なものにしていきますが、こんな体験をしてみると、特にファッション商品については、その商品の持つファッション性を少しでも早く着こなしに取り入れたいという事情や強い欲求がない限り、6月や12月に買うことは少なくなります。つまり、7月と1月の初めはファッション商品購買時期として、生活者の年間買い物カレンダーの中でスケジュール化されていきます。百貨店も商業施設もほぼ横並びで時期を同じくしてセールを展開するものですから、なおさらスケジュール化は強固なものになり、もはやこれ抜きにして年間の買い物計画は成り立たないところまで来ていると言えるでしょう。

日米の小売業を比較すると、基本業態の種類については今やほぼ共通しているのですが、アメリカにあって日本にないものがひとつあります。名の通ったブランドのファッション衣料を多彩に集積し、これらを値引き価格で売るオフプライサーです。これはブランドが購買の際の価値基準になってきた1980年代初めに登場してきた基本業態で、ニューヨークのグランドゼロのすぐそばにある「センチュリー21」は最も有名な事例です。オフプライサーについては、日本でもこれに挑戦する例は見られたものの、その存在を確立できず今日に至っています。その理由はいろいろあり、長くなるので省略しますが、日本でその役割を果たしているのが百貨店の夏冬2度のセールで、百貨店は『期間限定のオフプライサー』なのです。このことを百貨店やその取引先の方々はわかっているのでしょうか。

さて、生活者にとって、「安い」ことがトクになるかどうかについては吟味を要しますが、「安くなる」ことは無条件で歓迎したいトクになります。言うまでもなく、「安い」は「低価格」を、「安くなる」は「値引き」を意味します。言葉は似ていますが、提供する価値は似て非なるものです。そして、これまた言うまでもなく、「安くなる」ことはトクを実感させると同時に購買を刺激する最も強力な要素になります。このことはアメリカの小売店のストアカードが提供する特典にもよくあらわれています。日本とは異なり、アメリカのストアカードは、自社顧客とその価値観を踏まえてそれぞれ特典に違いがありますが(これらを比較しただけでそれぞれの店の特性が見えてきます)、ひとつ共通しているのが「特別セールへの招待」という特典です。日本の百貨店のなかにも、公表することなく同種の特典を提供している例がありますが、カード顧客にとってこれがどれほど嬉しい価値になっているかは言うまでもありません。

百貨店や商業施設のセールは「安くなる」ということでの圧倒的な価値があります。ただし、日米のセール、特に百貨店のセールを考える際には、「買い取り」の視点を持っておくことが大切です。買い取りがあたりまえのアメリカの百貨店の場合、価格の設定権は常に百貨店にあり、そこで時期を見て値引率を変化させながら自在にセールを仕掛けていきます。ちなみに、今なお半年に1度のセールで知られるノードストロムは、これを6月半ばと11月半ばに打ち出します。6月は夏物の、11月は秋冬物の実需期にあたることから、日本流に言えば「この時期にセールをやるのは考えられない」ということになるのでしょうが、「安くなる」トクを最大限に引き出すには実需期に合わせることが鍵になるのは当然です。このように、セールを購買促進の戦略的施策として活用することは、取引先まかせの部分が大きい日本の百貨店では難しいと言わざるを得ませんが、それだけにセールについての考え方が偏向しているようにも感じられます。

シーズンの終わりに処分するのがセール。一方で生活者に学習させておきながら、日本の流通業界にはセールについて化石のような概念が残っているように思います。それは生活者の価値観とはかけ離れたものであるのですが、そう言えば、「安くなる」ということでのトクで生活者を刺激している好例に商業施設のルミネがあります。ここではほぼ2ヶ月に1度、春物、夏物、秋物、冬物のファッションの実需期に合わせてルミネカード顧客に「10%オフ」のプロモーションを仕掛けてきます。これは勿論、手法を変えたセールであり、トクを大いに実感させます。生活者がセールでの買い物をスケジュール化するにつれ、プロパー価格で売ることが正義のように言われ、セールが誤った策のように言われますが、本当にそうでしょうか。「安くする」ということを戦略的にとらえ、もっと前向きに、積極的にその活用と取り組むべきではないでしょうか。それは消費マインドの冷えていく時代を乗り切るうえで、確信の持てる方策でもあります。





 

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