ニューヨークと東京、2つの先行指標都市でトレンド発掘を続けるツタガワ・アンド・アソシエーツがお届けする、小売りに携わるマーケッターのための考察録
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10.25.2008
「貧」の消費観と「聡明な消費」と

世の中、経済状況が悪化してくると、メディアできまって頭をもたげてくる切り口が「節約、倹約」です。時代が進展しようともこのことに変わりはないようです。不景気になると出費を切り詰める方向に動くはずだということなのでしょう、そこで、低価格ファッション店のH&Mに入店待ちの行列ができるのも、安さも魅力のサイゼリアが好調なのも、百貨店の売り上げが前年同月比でマイナス基調にあるのも、自転車への関心が高まっているのも、すべて節約志向のあらわれとして説明されることになります。実にわかりやすい話ですが、困ったものですね。消費考現を続けてきている立場からすると、低価格ファッション店はいつの時代も支持されるし、サイゼリアの好調ぶり、自転車への関心、百貨店のマイナス基調、いずれも今回の経済状況が到来するかなり前からその兆しを読み取れたものです。つまり、節約志向以前にそれぞれに背後要因があるのです。

ところで、数年ほど前から、私は弊社が主催する消費トレンドを読む講演会で、3極の消費観が存在する時代であることを説いてきました。ちなみに3極とは、プレミアム志向する消費に象徴される「貪(どん)」、慾を持たないことに豊かさを求める「貧(びん)」、消費者ではなく市民の視点で消費を考える「善(ぜん)」で、いずれも漢字一文字で表現できるものです。詳細説明は省略しますが、このなかで、エコライフにも通じる「善」の消費観は今後ますます大きくなるとして、問題は「貪」と「貧」のバランスで、私は「貪」の消費観が爛熟するにつれ、「貧」の消費観が大きくなってくると考えています。そこで例えば、セレブを模範にするような消費を下品なものとして退ける、度の過ぎた「ごほうび消費」が影を潜める、といった動きが出てきます。

この「貧」の消費観が「貪」と並ぶほどになったのが昨年の初めあたりで、興味深いことに、この頃から、例えば百貨店に並んだ商品が高いと感じるようになりました。それは百貨店が「貪」の消費観しかとらえていないところという印象に発展していきます。このように、「貪」から「貧」への消費観の移動があり、そこを発端にする消費にまつわる様々な動きが、今になって節約志向で語られているのです。つまり、節約志向に似た動きは既に昨年の初めあたりから見られるようになっていたのであり、マーケッターとしてはそのことを把握していたかどうかが問われるのです。そして勿論、経済状況が悪化するなかで、「貧」の消費観はさらに大きくなっていくものと予測できます。

さて、「貧」の消費観は「聡明な買い物」と言い換えることができます。これからの時代、「聡明な買い物」への意識をどう刺激していくのか、そこに購買につながる提案をしていくポイントがあるということになります。ただし、聡明な買い物にもいくつもの意味があり、例えば、価格に目を向け、より少ない出費でより満足度の高い買い物をすることもそのひとつでしょう。いろいろと議論のあるところでしょうが、セールは聡明な買い物への意識を刺激する最も有効な策になります。そんななか、聡明な買い物の方向のひとつとして注目しておきたい価値観が、永いつき合いのできるモノを選ぶことであり、時流を超えたクラシックという確信の持てるモノに出費することです。

このところ東京、ニューヨークを歩いていて目に留まるのが、そういった価値観に応える、「タイムレス・スタイル」を直感させるモノです。例えば、「ありそうでない、普通のもの」であることを実感させるデザイン家電の「±0」や、スカンジナビア発のモダンデザインのモノに惹かれるのは、それらが暮らしの中で飽きずに永くつき合っていけるという気持ちにさせるからです。今さら言うまでもありませんが、モノには物性的寿命と感覚的寿命があります。聡明な消費を志向する時代において大切なことは、感覚的に長命長寿であると確信の持てるモノと一緒に暮らすことです。そこに聡明さの意味があるわけで、生活者はその点で高い満足を覚えるモノを探し求めているのです。

節約、倹約にとらわれると売れるものが見えてきません。こういう時代にも買いたいと思うものはたくさんあるわけで、要は「聡明な消費」を商品企画にMD開発にどのように翻訳していくかが課題になるのです。





 

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