ニューヨークと東京、2つの先行指標都市でトレンド発掘を続けるツタガワ・アンド・アソシエーツがお届けする、小売りに携わるマーケッターのための考察録
■ツタガワ・トレンド・リサーチについて

1.15.2009
80年代末から90年代半ばにかけて日米で起きた動きに学ぶ

最新のトレンドは「買わないこと」、と言えるほど消費を控える気持ちが広がっている時代です。日米同時に読み取れることですが、この情況下でマーケッターに必要な視点は、生活者に前向きの姿勢を植え付けていくことです。先号の当コラムで書きましたように、倹約、節約という後向きの姿勢に対応していたのでは始まらないのであり、これを前向きの姿勢に翻訳しなおすことが重要なのです。そこで得るのが「聡明な消費」を心がける時代であるという翻訳であり、これをさらにブレイクダウンしていくと、ロンジビティ(長命長寿)、タイムレス・スタイル、スーパーノーマル、クラシックモダン、スカンジナビアン・シックといった、商品企画、MD企画にフィードバックできる様々なコンセプトワードを引き出すことができます。

昨秋のいわゆるリーマンショック以来、生活者の消費姿勢を観察していて痛感するのが、アメリカでは80年代末に、日本では92年に到来したバブル経済崩壊後に似ていることです。当時と今回とでは急激さと世界同時という点での違いはあるものの、ラグジャリー志向する消費の崩壊ということでは共通しています。振り返ってみると、80年代は後に「虚飾」とされるほど華麗で華美な感覚で特徴づけられる時代であり、日本で2002年頃から台頭してきたラグジャリー&グラマラスの生活感覚、消費感覚も華麗で華美という要素をたっぷりと含んでいます。それを反面教師にしての大転換ということでは、80年代末から90年代半ばにかけて日米で起きた動きを整理しておくことが、今、これからを考えていくうえでの貴重な学習になります。

1990年のニューヨーク。虚飾の80年代を反面教師に、実直さ、慎み深さを生活精神として意識する動きが広がっていきます。また、株式、不動産に加えて企業も売買の対象にして金儲けしてきた、財の生産を伴わない経済がバブルへと発展したことへの反省もあって、例えば、滞在費を払って農場や牧場で汗を流して労働することが旅行&レジャーの新しいスタイルとして人気になっていきます。さらに、美意識の面では「アンダーステイトメント」(控えめ)がキーワードになり、華美であることが否定されていきます。一方、1992年の日本。この年の秋に中野孝次による「清貧の思想」がベストセラーになり、3年弱の時間をおいて、アメリカの後をなぞるような動きが広がっていくことになります。

小売りの世界を振り返ってみると、価格意識を刺激する業態の勢力拡大と百貨店業態の低迷ということで小売りの歴史に残る画期的な時代でした。アメリカではSCの類型のひとつとしてアウトレットセンターが台頭し、ウォルマートが製販同盟による低価格を極め続けるビジネスモデルを確立し、百貨店ではホリデイ商戦(俗に言うクリスマス商戦)でも値引きを行うことで年間を通してセールが常態化し、オフプライサーとしての性格も併せ持つようになります。日本では、紳士服の青山、ビックカメラをはじめとする専門量販、デザイナーズ・コレチオーネなどのオフライサーなど、価格価値訴求型業態が次々に台頭し、生活者にとって買い物の際につきあう業態は多様に分散していきます。これが今日のクロス・ヴァリュー・ショッピングの始まりになるわけですが、そのなかで最も割を食うことになった業態が百貨店です。以来、百貨店の市場規模は減少の一途を辿り続けています。

日本ということで見ると、17年前に始まった状況の再現が今進行しつつあるようです。昨秋日本出店を果たしたH&Mは、見方、評価はいろいろありますが、少なくとも原宿店に感じるように、感覚上の使い捨てファッションを劇的に安くということでは影響力も大きく、価格意識を刺激するMDや業態の勢力拡大が一段進みそうな気配があります。ちなみに、こうした価格意識刺激MD・業態は生活者の消費意欲が旺盛になったからといってお役御免になるわけではありません。当たり前のことですが、生活者は懐具合がよくなっても、トクを実感させる店とはしっかりとつき合いを継続していくものです。こうして消費低迷のたびに、小売りにおける競合基盤はより厳しい方向へと進んでいくことになるのです。

ともあれ、生活者にとって買い物の際のつき合い先はいっそう多様な広がりを見せ、クロス・ヴァリュー・ショッピングはさらに進行していきます。そんななか、既に兆しがはっきりと出ているように、改めて問題になるのが百貨店です。80年代に黄金時代を築いて以来、進化しようとしないこの業態は、ラグジャリーな買い物以外につき合い価値を語れないところに大きな問題があります。いや、プレステージ性の高いブランドショップの集積強化が進化であると錯覚してきているように思えるのです。

つい、いろいろなことを考えてしまう、マーケッターにとってはまさに鎮静剤でも飲みたいような年の始まりですが、過去に学べば、実質・実直を尊ぶ聡明な消費の時代は今後3年続いていくものと予測されるのです。





 

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