ニューヨークと東京、2つの先行指標都市でトレンド発掘を続けるツタガワ・アンド・アソシエーツがお届けする、小売りに携わるマーケッターのための考察録
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1.1.2012
より多くの買い物を「ご近所」で〜生まれつつある新しい習慣

振り返ってみると、3.11後の様々な生活体験は人々の生活観に新たな、そして重要な目覚めをいくつももたらしている。それはそのまま2012年を見通していく鍵になる。

そのひとつが、節電を心がける生活を積み重ねるなかで芽生えてきた、『従来の生活についている贅肉をそぎ落とす』といった感覚。それは次第に進歩的な生活美学となり、そのまま消費観にもなってきている。あるいは、「伝承文化に敬意を払う」ことも。3.11は文明に空しさを感じさせ、風土に密着した伝承的知恵という文化に目を向け、それに学ぶことの大切さを気づかせた。夏には、簾、緑のカーテン、打ち水、扇子といった伝承的な知恵による「防暑」「涼生活」の追求が盛んになったのはそれを反映するものであり、その流れは間違いなく2012年以降も継続し、広がっていくものと予測される。

さらには「家庭再発見」も。そこには家庭が一番の安心・平穏の場であるという、考えてみれば実に当たり前のことへの目覚めがある。また、これを後押しした要因のひとつに、サマータイム制の導入など、企業の節電対策に伴う勤務時間体系の変化があることも見逃せない。始業・終業時間が繰り上がることで、早く家に帰ることができ、それが家族と過ごす時間を増やし、忘れかけていた心地よさや生活の豊かさの意味に気づく。こうした要因は一過性のものとしてフェイドアウトするのではなく、余震の恐怖が薄れ、サマータイムが終了した後も、あるべき豊かな生活として守られ、実践されている。

そしてもうひとつ、自宅を中心にする日常生活圏を大切にして生活することへの目覚め。そこには消え去ることのない余震への不安が少なからずあり、3.11当日の交通手段がなくなるという体験からくる不安もある。子供がいる、面倒を見なければならない家族がいるといった専業主婦ほど日常生活圏を離れた遠方への外出機会は減る。男女関係なく体力に自信がなくなってくる中高年もそうである。年齢が上がるほど外出機会は減る。一方、都心で働く人たちも、仕事が終われば自宅の徒歩圏内へ早く帰ることが習慣化してきている。このように不安と向き合うことは、生活者の行動を日常生活圏にとどめる傾向をもたらし、それは今後、良き習慣となって定着していくと考えられるのである。

こうして消費においては「ご近所」がキーワードになり、特に家庭を持つ人たちの間では、買い物を文字通りの足元商圏を相手にする店でする機会が増える。具体的には半径2〜3km圏内といったところ。つまり、店の側から見ると、普段から足元商圏をしっかりととらえている店、あるいは購買力のある足元商圏生活者に恵まれた地域に立地する店が強い。そして、そんななか注目してみたいのが、居住地を後背地にする、足元の狭い範囲を対象にする商業施設で、その興味深い事例が、3.11直後に田園都市線ならびに大井町線の二子玉川駅に開業した、日常性をテーマに感じさせるSC、二子玉川ライズである。

二子玉川ライズを構成する館のひとつ、タウンフロント(左)と巨大な駐輪場(右)。

二子玉川と言えば、ここに商業地区を育ててきたのが玉川高島屋SCである。ほぼすべてのハイプレステージブランドショップを集積する玉高SCは、都心の高級な店々でするような買い物を「ご近所」でさせることになったということでの画期的な事例である。そこに、それと棲み分けるように、もともとの「ご近所」型の日常性にあふれた買い物のできる場をライズが持ち込む。それによって二子玉川地区は足元に密着した商業界隈になる。いや、ライズにはカルチャースクール、医院(希少価値のある小児科医院も含んで)、区役所の出張所も導入され、住民との絆ということでも価値ある存在になっている。こうして、ライズを得て、足元生活者にとって二子玉川地区はさらに価値ある「ご近所」商業地になろうとしている。

足元の狭い範囲を対象にする商業施設としてもうひとつ注目したいのが、昨年5月に開業したフレル・ウィズ自由が丘である。東横線、大井町線の自由が丘駅から歩いてすぐのところにあるこのSCは、以前、「とうきゅう」と呼んでいた、特色のないGMSであったものをSCへと抜本的な転換を図り、リニューアルしたもの。店舗面積は5,000uで、4フロア、29店舗で構成される小規模なSCであるが、歩いてみると、普段使いということで大いなる価値を感じさせるのである。

フレル・ウィズ自由が丘。1階に東急ストア、2階にハンズビー(右)を導入。

核店舗は食品スーパーの東急ストア。準核店舗としての位置づけで導入されているのが東急ハンズの小型店であるハンズビー。これに加えて、代官山に旗艦店のあるミラノ発の食料品店「イータリー」の小型店、ベーカリーのメゾンカイザー、輸入グロサリー&ワインで人気のカルディコーヒーファーム、メガネのジンズ、飲食ではアフタヌーンティ・ティールームなども。4階にはカルチャースクールの東急セミナーBEを導入。ここでは約500の講座が開催され、SCを定期的に利用させるうえでの基点となっている。このように「日常」を謳いながらも全体に「クオリティのある日常」が意識され、自由が丘の街と親和するテナントミックスになっており、街全体の回遊の中でも機能するよう意図されていることを読み取れる。また、自由が丘の街の真ん中にありながら、ここは地階に34台を収容できる駐車場があり、特に食品の買い物での客単価を上げるうえでの重要な装置になる。

食品スーパー、ドラッグストア、生活必需雑貨バラエティストアなどで構成し、日常生活密着型の日々の買い物をとらえるのが一般的なネイバーフッドSC(NSC)像であるが、フレル・ウィズ自由が丘はその新しい典型と言えるだろう。そして、「ご近所」がキーワードになる状況の中、NSCは改めて注目に値するSCの類型になるのである。いや、この状況において注目されるのはネイバーフッド型だけではない。この数年、首都圏の都市郊外に開業してきている、居住地を後背地にする立地の大型のSCも、自宅から車で比較的短時間で行け、しかも過ごす価値を提供していることで、利用度は高まっているのである。

二子玉川ライズとフレル・ウィズ自由が丘は2011年に開業した商業施設のなかで最も高い評価を与えたい事例である。生活者が豊かさを実感するポイントは様々あるが、住んでいる近所に、センスのいい、いい買い物で満足できる、繰り返し利用したくなる商業施設があることもそのひとつである。生活者は成熟するにつれ、時間と体力を消耗する都心での買い物にどれほどの価値があるのかを疑問に思うようになるものだ。これは、コンビニは勿論、百貨店のいわゆる郊外店も意識すべき視点でもあると思うのだが、今年、「ご近所」は商業を考えるうえでさらに重要なテーマになろう。





 

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