ニューヨークと東京、2つの先行指標都市でトレンド発掘を続けるツタガワ・アンド・アソシエーツがお届けする、小売りに携わるマーケッターのための考察録
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8.6.2012
接客されないことの快適さに目を向ける

プレティーンやローティーンの時期に、自身が判断し支払い手になる買い物客としてどんな店でエントリーし、買い物体験を積み重ねてきたか。これは店の存在価値や買い物価値を考えていくうえでの重要な手がかりになる。これまでこの点について特筆すべき事例がいくつかあるのだが、そのひとつに「接客不在の店」がある。コンビニ、ファストフード店、プラザが代表的で、これらの店で買い物にエントリーした人たちに刷り込まれていったのが、接客されないことの快適さである。店側と客とが没交渉の関係にある。これはセルフサービススタイルの店作りの特性であり、90年代に入ると様々な業種に広がり、より多くの買い物がこの種の店でなされるようになり、今日に至っている。

それは観点を変えると、一対一の接客を旨とする店での買い物経験の乏しい生活者が増えていることでもある。こうした生活者はたまにアグレッシブな店員に遭遇するともう逃げ出すほかない。セルフスタイルに馴染んだ人にとって、それは「気取らず、自然体でできる買い物方法」であり、それに比べて、店員との会話のキャッチボールを重ねての買い物は、時には気後れする、ストレスを感じるものとなる。そして、気がついてみると、このセルフスタイル派は今や40代になっており、そこから年齢が下がるほどにセルフでの買い物への馴染み度は反比例して高くなる。こうして、これまで一対一の接客で売るのが当たり前と考えられてきた商品や店・売場を、セルフに馴染んだ人をどう顧客化するかという視点で再考してみることがひとつの課題になる。

セルフでの買い物が自然体とする人にとって、身近なところで苦手に思っているのが百貨店での化粧品の買い物である。一対一でのていねいな相談販売が百貨店の化粧品販売における一番の魅力であり価値ではあるが、このことはセルフに馴染んだ客を構えさせ、気後れさせ、ストレスを感じさせることにつながっている。だからこうした女性たちはセルフスタイルで買える化粧品専門店やドラッグストア、東急ハンズやロフトなどの雑貨店、さらにはネットやTV通販など、自然体でモノを見て回れるところで化粧品を買う。勿論、これらのチャネルが人気になっている理由はほかにもいろいろあるのだが。

「クリニーク」でのリストバンドの提示。


そこで、百貨店で展開するブランドのなかに、来店客のこの種のストレスに配慮する新種のサービスを提供する例が出てきている。渋谷に開業した複合施設ヒカリエにある、東急百貨店による新型店「シンクス」の化粧品売場を構成するブランドのひとつ、クリニークが提供しているもので、客の接客についての意志をリストバンドによって示してもらおうという狙いのサービスである。具体的には、売場の入口にあたる目につくところにピンク、グリーン、ホワイトの3色のリストバンドが置いてある。色にはそれぞれ意味があり、ピンクをつけると「自分で自由に楽しんでいます」となる。ちなみに、ホワイトは「早く買い物を済ませたい」、グリーンは「時間があるので接客してください」を意味する。観察してみると、入店客のほぼ半分がリストバンドをはめ、興味深いことにその大半がピンクである。リストバンドは自然体を約束する術として機能しているのである。

セルフスタイルの店が巷にあふれる以前は、多くの人が百貨店で買い物にエントリーしたものであり、百貨店は一対一の接客による買い物を体験する場でもあった。しかし、店員との会話が買い物のプロセスになることが、若い世代の百貨店利用を低調にする要因のひとつになっているのである。

店側と客とが没交渉の関係にあるセルフスタイルでの買い物が広がり、常態化するにつれ、接客を旨とする店においては、声がけにこれまでにない考えに基づくタイミングが求められる。また、20代から30代にかけての女性に人気のファッション専門店を観察してみるとよくわかるように、来店客をとことん自由に泳がせることも重要な接客技術になる。一対一に慣れた客から見れば最悪の接客が、セルフサービススタイルに慣れた客にとっての最上の接客になるということだ。こうしてみると、常識が変わるのではなく、対立する複数の常識が共存する時代と言えるだろうか。





 

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