ニューヨークと東京、2つの先行指標都市でトレンド発掘を続けるツタガワ・アンド・アソシエーツがお届けする、小売りに携わるマーケッターのための考察録
■ツタガワ・トレンド・リサーチについて
9.10.2008
今改めて問われる、顧客をゲストとしてもてなし、心地よく過ごさせることの意味

1980年代後半に注目されるようになったノードストロムは、「顧客はカスタマーではなくゲストであり、店は邸宅である」という考え方に基づく店作りの先駆者となったが、90年代に入ってこれを決定的なものにしたのが巨大書店チェーンのバーンズ&ノーブルである。ここは、立ち読み、座っての拾い読み、書き写しを推奨し、心地よく長時間過ごしてもらうことをコンセプトにする店作りと取り組み、店内の随所にソファやテーブルに椅子を配し、スターバックスを導入してエスプレッソを飲みながら買い上げる前の本を読めるようにしたのである。これはそれまでの書店のあり方を根本から破壊する、斬新で挑戦的な店作りであるが、顧客の反応も予想をはるかに超えるもので、以前に比べて入店客数、売上げ、スペース効率、どれをとっても大幅に上昇するという状況をもたらしたのである。

以後、21世紀の今日に至るまで、店舗環境デザインの基本的な方向は、顧客をゲストとしてとらえ、それにふさわしいアメニティを提供することにある。そしてそのことを鮮明に感じ取れるのが、数年前からブルーミングデールやメーシー各店で進行しているリニューアルである。ちなみに、両店を展開するメーシー社では、店として改善すべきポイントについて60万人にものぼる膨大な数の顧客の所感を採集し、この分析結果に沿ってリニューアルを進めている。売場に配置する販売員の数を増やす、売場を常に整理整頓の行き届いたものにする、あるいはホームのフロアにショッピングカートを配置するといった改善策はそのあらわれと言える。

メーシーの各フィッティングルームのエントランス前に設けられたレストスペース。

顧客の声を聞き届けていくことを基本姿勢にするリニューアルで印象的なのが、アメニティの向上を意図した環境のグレードアップである。例えばメーシーで注目されるのが、フィッティングルームのエントランス前に設けられたレストスペース。通常、アメリカのファッション業態の場合、いくつものフィッティングルームが集合するフィッティングゾーンをフロアの一画に設けるが、写真でおわかりいただけるように、このゾーンと一体になる形で長椅子を組み込み、しゃれたレストスペースを提供している。言うまでもなく、連れにここで休んでもらうことで、焦らず、じっくりとフィッティングができるわけである。

一方、ブルーミングデールで印象的なのが、婦人服フロアを中心に新設されているグレード感の高いリラックススペースとその数の多さである。主要回遊通路の幅を広げると同時に、そのあちらこちらに椅子を設け、売場と売場の間にゆったりとしたソファを置いて休息する空間を設けるといったぐあいに。そこには、女性の方に心置きなく買い物に集中してもらえる精神状態にするよう、連れの男性をもてなす意図を読み取ることができる。実際、観察してみるに、こうしたリラックススペースの利用者は圧倒的に男性客が多い。

このように、リニューアルされたブルーミングデール各店を歩いていると、顧客をゲストとしてとらえ、それにふさわしいアメニティを提供することがこれまで以上に重要な意味を持ちつつあることに気づく。振り返って、顧客をゲストとしてもてなし、心地よく過ごさせることの意味は、顧客の来店頻度を上げ、一回の来店での購買点数を上げることにある。勿論、顧客を囲い込みつつ、顧客一人当たりの年間購買額を上げることが競合を勝ち抜く最も重要な知恵になるということに変わりはないが、アメニティのグレードアップに意図されたものはそれだけではない。高質な百貨店ならではの買い物のリズムを体感させ、それを習慣化していくということでの「新しいショッピング体験の提供」。そこにかつてない意味を見出すのである。





 

株式会社ツタガワ・アンド・アソシエーツ

会社プロフィール 業務案内 蔦川敬亮プロフィールプライバシーポリシーお問い合わせ