ニューヨークと東京、2つの先行指標都市でトレンド発掘を続けるツタガワ・アンド・アソシエーツがお届けする、小売りに携わるマーケッターのための考察録
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9.1.2006
ホットな『男の前衛的下着パンツのギャラリー』について考える

蔦川敬亮です。若い男性が自分のファッション観に合う服を婦人物の中から探し出しているように、彼らの間で男の格好いいファッションについて既成の殻を破る新しい方向が出てきています。「お兄系」「きれいめ」「ギャル男」と呼ばれる方向や、前衛的なアート性を求める方向がその代表的なもので、いずれにも従来的な概念からすれば「女っぽい」と表現できる要素があります。常識的なファッション観しか持ち合わせない大人にとっては突飛で奇抜なものにしか見えないファッションですが、この種のものを多彩に集積して特色あるスポットになっているのが、この春リニューアルされた渋谷109−・の5階のフロアです。

私、仕事柄、扱っている商品が女性のためのものであれ、ほとんどの店に平気で入ることができるのですが、このフロアは居心地が悪いですね。「お前のようなやつの来るところじゃないだろ」。口に出さないまでも、販売員の目がそう言っているんですね。こちらの常識的な格好を見れば、客じゃないことは一目瞭然、それも仕方ないことではありますが。そんな雰囲気の中、さすがの私も気を強くしないと入れない店がこのフロアにあります。「クルーズ」というメンズの下着パンツだけに絞った専門店です。これは若い男性向けファッションを製造販売するワールドコンクエストによるSPA型の新ブランドで、展開されている商品のデザインには、同社がこれまでに展開してきた「お兄系」ファッションのディテールをそのまま下着パンツに持ち込んだという印象があります。

商品のほとんどはローライズのスキンタイトなシルエットによるボクサーブリーフで、バックに大きくハートやウイングをプリントしたもの、ちょうど正面にあたる部分にゴールドのラメでドクロをプリントしたもの、アメリカンコミック風のイラストを大胆にあしらったものといったぐあいに、そのデザインは男の下着パンツとしては従来の概念をはるかに超えています。ちなみに中心価格は4,000円〜6,000円前後で、これまた下着パンツの価格としては既成概念を超えるもので、思わず自分の穿いているパンツなら何枚買えるかなどと、常識的オヤジの計算をしてしまいます。

「クルーズ」。 「ラシャス」。

既成概念を超える男のパンツ専門業態として注目しておきたいのが、同じ渋谷に半年ほど前に誕生した「ラシャス」です。ここはオリジナル商品に加えて国内外からの品揃えで常時100種類以上の商品を展開しており、商品の大半はスキンタイトなシルエットによるローライズのボクサーブリーフで、ごく一部にTバックのブリーフが加えられています。また、ここにはシンプルな無地のものなどはひとつとしてありません。サテンのような光沢のある素材のもの。ショッキングピンクやオレンジ、パープルといった鮮やかな色のもの。プッチプリントを思わせる華やかな柄のものや、色鮮やかなアニマルプリントや迷彩柄のもの。古着Tシャツのようなレタード・プリントをほどこしたもの。サイドやバックにシルバーやゴールドのラメでサソリやフラミンゴのプリントをほどこしたもの。価格帯も5,000円〜8,000円程度が中心とさらに高めで、なかにはスワロフスキー・クリスタルをちりばめた3万円という価格のものもあります。

こうしてみると、『男の前衛的下着パンツのギャラリー』がコンセプトであることに気づきます。そして同時に、この種の専門業態の開発が急速に進むこと、あるいは先鋭的なファッション性を売り物にする百貨店のメンズ下着売場にMDとして導入が進むことを予感します。その下地として、この1〜2年、前衛的ファッション観の持ち主かどうかを問わず、広く若い男性たちの間では、身体にぴったりとフィットするシルエットによる、ローライズの「ボクサーブリーフ」と呼ばれるタイプの下着パンツが人気になってきていることも見逃せません。

若い男性たちのファッションのシルエットがこのところどんどん細身になり、パンツの股上も浅くなってきたこと。このことと呼応して、こうした下着を身につけることにファッションとしての新しい刺激を見出していることも背後要因でしょう。そのことはまた、彼女と過ごす時の最も格好いい『ミニマム・ファッション』(要するにパンツ一丁になるということ)にも通じます。しかし、最も重要な要因は、「カレシに穿いて欲しいパンツ」として同年代の女性たちの関心を集めている点にあると思います。女性たちのこの気持ち、実はメンズファッション全般の購買に関わる大きなポイントでもあります。

ところで、男の下着パンツ専門業態と言えば、これが業態開発ブームになった1980年代半ばのニューヨークを思い出します。背後要因としては、当時、ゲイが消費において重視すべき存在になってきたこともありますが、下着パンツにオシャレをする最大の動機になったのが、アスレティッククラブのロッカールームでの『パンツ一丁の社交』です。おわかりの通り、エクササイズをするためにアスレティッククラブに日常的に通うことが、こうした新しいアイテム・ショップを生み出したのです。当時、これをとらえて「ロッカールーム・プレッシャー」と分析したのですが、それにならえば、今東京に見るのは「彼女プレッシャー」ということになるのでしょうか。

それはさておき、では、当時の業態開発ブームはその後どうなったのか。そのコンセプトはすぐにMDに翻訳されて、百貨店や大型ファッション店のメンズ下着売場に導入され、新しく誕生した専門業態はすべて淘汰されてしまいました。奇抜で前衛的であるがゆえに成立するものは、それが常識になれば消滅する。これは私がこれまでの見聞のなかで得ている公式のひとつです。そんなことも頭に入れて、もしあなたが既に「彼女プレッシャー」と無縁のお歳であれば、「オレが来て悪いか」くらいの気合いで、ここに挙げたような下着パンツ専門店を見て回ることをお勧めします。いろいろと考えさせられることがあるはずです。





 

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