ニューヨークと東京、2つの先行指標都市でトレンド発掘を続けるツタガワ・アンド・アソシエーツがお届けする、小売りに携わるマーケッターのための考察録
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11.2.2006
旨いコーヒーへの潜在欲求を汲み取ることの効用

蔦川敬亮です。コーヒーは私にとって思考促進剤であり、同時に緊張緩和剤でもあります。ただし、「旨いコーヒー」というのが条件です。コーヒー通というほどのものではありませんが、旨いコーヒー探しは仕事であるタウンウォッチングに付随する習性のようになっており、有名無名を問わず様々な飲食スポットでコーヒーを飲んできた経験は人後におちないと思います。さて、過日、そんな私が仰天するようなコーヒーに出会いました。

長野市に行った時のことです。長野駅近くの大通りをちょっと入ったビルの2階に「珈琲屋」という、古めかしく、重く、暗い様相の店があるのが目に入りました。ここのコーヒーは旨そうだという直感に従い、狭い階段を上り、入店したのですが、古道具屋のように雑然とした店内には客が一人もおらず、店内中央の馬蹄形に設えたカウンターの中に、店主とおぼしき赤いベストを着た白髪の紳士が立っています。その最初の一言が「どなたかのご紹介でお見えですか」。この挨拶に一瞬たじろぎましたが、さらにたじろいだのは張り出してあるコーヒー豆の種類がこれまでの経験のなかにないものばかりだったことです。聞けばこちらの好みに合わせてコレというものを淹れてくれるとのこと、そこで「苦味の十分にきいたものを」などと、かなり素人っぽい注文をした次第です。

落ち着いて店内を見渡すと、古道具に見えたものはコーヒー豆を挽く道具や器類で、店主の話では英国でご自身が蒐集してきたアンティークとのこと。そんなモノに囲まれ、バロック音楽の流れる空間で飲んだコーヒーは旨かったですね。味覚の探求ということで新たな発見をした満足感がありました。ちなみに、店主の渡辺さんはコーヒーに芸術性を意識されており、ここで過ごした時間はまさに浮世離れした別世界のものでありました。ついでに値段のほうも一杯2,510円という浮世離れしたものだったことを付け加えておきます。

「珈琲屋」のそれは今まで飲んだコーヒーのなかでは最上の部類に入りますが、旨いコーヒーということでは、京都に本拠を置くイノダコーヒもわざわざ行きたくなるほどの魅力があります。このイノダコーヒで思い出すのが札幌地区での新規参入を果たした大丸札幌店がこれを導入したことです。ゼロから常顧客作りをする必要のある新規参入百貨店にとって重要なことは、継続的なつき合いを創造できる売場やスポットをいくつも仕掛けていくことです。こうした小さなことの集積が大きな成果につながっていくのですが、旨いコーヒーを楽しめるスポットもそのひとつになることは言うまでもありません。

旨いコーヒーということではもうひとつ、伊勢丹が新宿店、松戸店、府中店で展開する「カフェノーブル」も見逃せません。ここの「光サイフォン」で淹れるコーヒーは、使用する豆は勿論、名水百選に選ばれた「月山自然水」を用いるなど、いろいろな面でこだわったもので、オープン以来2年、いつ行っても味がぶれることなく、満足できる旨さがあります。特に新宿店のような大規模店において、旨いコーヒーを飲ませるスポットの貢献度は微々たるものでしょうが、コーヒー一杯にも旨さという感度の面での高さの追求がなされているということはこの百貨店全体の無形の財産になると思います。

一杯のコーヒーがその店の本質を語る。そういったことではノードストロムも忘れられません。同店の中にはセミ・セルフサービススタイルのカフェがあるのですが、ここで出されるコーヒー(淹れ立てのものを運んできてくれる)は実に旨い。しかも確か1ドル程度と安い(数年前までは25セントという嘘みたいな値段であった)。まさにノードストロム流サービスと言えるもので、私はこのコーヒーを飲みながらの食事をノードストロムに足を運ぶ楽しみにしています。そうやってこの店の仕掛けたワナにしっかりとはまってしまっていることを自覚します。

ところで、コーヒーと言えばスターバックスという声をよく耳にしますが、このチェーンの魅力はいわゆるコーヒーにあるのではなく、エスプレッソベースの『料理された』飲み物にあります。この飲み物はコーヒーとは似て非なるもので(バリエーションコーヒーと呼ばれていますが)、スターバックスの偉大さは、この新しい飲み物を広げ、日常のものとして中毒状態に追い込むほど浸透させたことにあります。しかも、コーヒーなら家庭で淹れることができても、エスプレッソベースの創造性のある飲み物はそうはいきません。そこでスターバックスに足を運ぶことになり、このことが賑わいを持続するうえでの重要なポイントになっています。

こうして振り返ってみると、「コーヒーもある」エスプレッソバー的なものは増えましたが、旨いコーヒーを出すところは増えていません。また、これだけ高度な味覚を自称する高級レストランがありながら、最後に旨いコーヒーを楽しめる店に出会ったことは皆無です。コーヒー好き(少数派ではありません)のストレスは溜まる一方なのであります。そのことを見透かしたように、このところ、椿屋珈琲店に代表されるように、しっかりとした味覚のコーヒーと心地よく過ごせる環境を価値にする喫茶店が台頭してきているのは実に興味深いことです。そこにはスターバックスのようなエスプレッソバーとは異なる価値があります。

一杯のコーヒー。小さな存在ではありますが、時にそれはその店の本質を語り、感動させることで顧客との絆を強化し、さらに、究めることで新たな商機を生み出す、そういった意味で大きな存在になるのです。





 

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